米津玄師「馬と鹿」MVと歌詞の考察|再生時間4:44の意味が怖い!

2019年9月3日に、ドラマ「ノーサイドゲーム」の主題歌となっている米津玄師さんの「馬と鹿」のMVが公開されました。

公開後はあっという間に100万再生を突破していることも凄いですが、毎回恒例となっているのが視聴者からの考察ですよね。

こちらの記事では米津玄師「馬と鹿」の歌詞とMVに関する考察を、SNSのみんなの投稿を参考にしながらまとめてみました。

 

米津玄師「馬と鹿」の歌詞

歌・歌詞:米津玄師

歪んで傷だらけの春
麻酔も打たずに歩いた
体の奥底で響く
生き足りないと強く

まだ味わうさ 噛み終えたガムの味
覚めきれないままの心で
ひとつひとつ 無くした果てに
ようやく残ったもの

これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか
僕は知らなかった
呼べよ、花の名前を ただひとつだけ
張り裂けるくらいに
鼻先が触れる 呼吸が止まる
痛みは消えないままでいい

 

疲れたその目で何を言う
傷跡隠して歩いた
そのくせ影をばら撒いた
気づいて欲しかった

まだ歩けるか 噛み締めた砂の味
夜露で濡れた芝生の上
逸(はや)る胸に 尋ねる言葉
終わるにはまだ早いだろう

誰も悲しまぬよに 微笑むことが
上手くできなかった
ひとつ、ただひとつでいい 守れるだけで
それでよかったのに
あまりにくだらない 願いが消えない
誰にも奪えない魂

 

何に例えよう 君と僕を
踵に残る似た傷を
晴れ間を結えば まだ続く
行こう 花も咲かない内に

これが愛じゃなければ 何と呼ぶのか
僕は知らなかった
呼べよ、恐れるままに 花の名前を
君じゃなきゃダメだと
鼻先が触れる 呼吸が止まる
痛みは消えないままでいい

あまりにくだらない 願いが消えない
止まない

 

 

米津玄師「馬と鹿」のタイトルの意味

この「馬と鹿」というタイトルが発表されたときにSNSでよく考察されていたのは、

馬と鹿=馬鹿(バカ)?

でしたよね。

 

でも敢えて「馬」と「鹿」の間に「と」を入れたのは別の意味があるのではないかという意見もあります。

「馬」と「鹿」は、「馬」=富や権力の象徴「鹿」=精神世界と物質世界のバランス、と言われているようです。

 

さらに「馬」に関しては、神仏に捧げる縁起がいいもので、運命を導く・生命力をもたらす動物とも言われてます。

そして「鹿」に関しては「バランスの取れた精神」を示す動物と言われてます。(他を尊重する)

 

「馬と鹿」の歌詞とMVを見る限り、暗い闇の中から泥臭く這い上がっていく様子が描かれているので、「馬」と「鹿」というタイトルはそれとリンクしているような感じがしますよね。

 

米津玄師「馬と鹿」のMV考察

スクラムをイメージしてる?

「馬と鹿」は大泉洋さん主演ドラマ「ノーサイドゲーム」の主題歌となってます。

ドラマ「ノーサイドゲーム」は社会人ラグビーチームがリーグ優勝のために奮闘する物語ですが、そのテーマを意識してスクラムをイメージしているのでは無いかと言われてますね。

 

米津玄師が飛び降りる意味

 

「馬と鹿」の歌詞のところどころに現れる「愛」というキーワード。

「愛」に関しては過去形で表現されていることや、サビの部分で「守れるだけで それだけで良かったのに」と過去を後悔しているようにも感じました。

この米津玄師さんが飛び降りるシーンは「屋上」ですが、飛び降りたあとは「地下」のシーンに変わります。

「地下」のシーンは暗く混沌としているような、また憎悪に満ちた世界のようで、自分の心の闇を表現しているようにも感じます。

この飛び降りシーンは、生死を表現したというより、そんな闇に向かっていく様子を表したものでは無いかと思いました。

 

火は生きる灯火の象徴?

「馬と鹿」の歌詞を見ていると、「傷」「痛み」「ひとつひとつ無くした」「呼吸が止まる」など生死を連想されたり絶望の淵にたたずんでいるキーワードが散見されます。

そんな中、MVでは米津玄師さんの手が燃えていたり、洞窟の中でサンドバックのようなものが燃えていたりと「火」が描かれています。

 

この「火」は、過去のことに絶望しているが自分の中で諦めることが出来ない理由の象徴ではないかとファンの中では囁かれているようです。

そんな諦められない理由を、自分の心の中の「灯火」としてMVでは表現しているように感じました。

 

過去を受け入れて進む決意

 

「馬と鹿」のMVの洞窟の中で、後半は数十人のダンサーの中から米津玄師さんがもみくちゃにされながら前に進もうとするシーンがありました。

ダンサーの動きはSNSではゾンビみたい。と言われているように、憎悪や未練と捉えることも出来ますが歌詞全体から推測するに「泥臭い」という表現の方が個人的にはマッチしますね。

 

歌詞の中で、「麻酔も打たずに歩いた」や「痛みは消えないままでいい」とあるように、過去の過ちは受け入れながら自分は前に進むんだという強い気持ちが現れているような感じがします!

このシーン、米津玄師さんの目力もハンパないですし、怖いとさえ感じます。

 

最後の海のシーン→「海の幽霊」に繋げるため?

 

「馬と鹿」の最後のシーンは海で佇む米津玄師さんで終わります。

海といえば最初に連想されるのが、「馬と鹿」の前に配信された「海の幽霊」ですよね。

 

現時点で次のCDの発売はまだ発表されてませんが、恐らく1枚のCDを作品として捉えるのであれば、「馬と鹿」と「海の幽霊」との関連性を持たせるための演出だったのかもしれないですね。

 

4:44で終わる意味

 

「馬と鹿」のMVが配信されてから一部のファンの中ではMVの再生時間が「4:44」になっていることが話題になってました。

作品全体として「生死」を連想させるキーワードが多いことから、敢えてこの時間設定にしたのではないか?と、考えさせられずにいられないですよね。

また、砂の惑星のMVのときの再生時間は「3:59」で終わっており、「4=死」にはまだ至ってない。という考察がありましたよね。

 

私は再生時間を最初に見たときは鳥肌が立ちましたw

深く考え過ぎかもしれませんが、米津玄師さんならあり得る話です!

 

黒と白で光と闇を表現してる?

 

「馬と鹿」は、どん底に落ちるけど最後は痛みを忘れずに這い上がっていく。というような流れになっております。

ダンサーや米津玄師さんの衣装が白と黒のモノトーンになっているのはそんな「光」と「闇」の感情を表現しているのでは?と考察している方が多かったですね。

 

また「馬と鹿」の発表までに「鏡の上映会」というものが開催されてました。

 

「鏡」というのも物事を対照的に表現するときに使われるキーワードなので、この作品の白と黒とリンクしているのでは?という考察もありましたね。

 

まとめ

夏休みが終わったタイミングは、時期的に鬱になる人も多く命を絶ってしまう方もいるような時期だそうです。

その時期に敢えて「馬と鹿」のような作品を出したのにも意味があるのかなと考えさせられてしまいますよね。

どれだけ考えても答えが出ないところも、米津玄師さんの魅力ではないかなと思います。これから発表される作品からも目が離せないですね!